プロフィール
巡礼者:似顔絵マン KENZiRO
1966年、東京・聖路加国際病院生まれ。1999年に地域密着型プロバイダ「ジェイゲート・インターネット」を開業。2001年より「二頭身にっこり似顔絵」の販売を開始し、デジタルを介して人と人を笑顔で繋ぐ試みを四半世紀続けてきた。
ものづくりの原点は、娘のために二つのバイオリンを自ら製作したことにある。2005年に完成した一挺は、現在フィリピン・マニラを拠点にプロバイオリニストとして活躍する娘の愛器として、今も南国の地で音を奏で続けている。
10年前から、週5日の早朝物流現場、そして残り週2日の訪問入浴介助という「週7日無休」の現場に身を置き、人々の日常を文字通り休みなく支え続けている。傍らでYouTubeパートナーとして、AIを駆使した音楽表現にも挑戦。デジタルの抽象世界と、極限の具体世界を往来する還暦の巡礼者。

ものづくりの原点は、娘のために二つのバイオリンを自ら製作したことにある。2005年に完成した一挺は、現在フィリピン・マニラを拠点にプロバイオリニストとして活躍する娘の愛器として、今も南国の地で音を奏で続けている。
10年前から、週5日の早朝物流現場、そして残り週2日の訪問入浴介助という「週7日無休」の現場に身を置き、人々の日常を文字通り休みなく支え続けている。傍らでYouTubeパートナーとして、AIを駆使した音楽表現にも挑戦。デジタルの抽象世界と、極限の具体世界を往来する還暦の巡礼者。

▼ Update from Field2026/04/13 17:08
KENZiROのアウトドアブログ更新しました。
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すべて消えてしまう前に
私はこの10年、インターネット関連サービスに加え、訪問入浴の現場で「人生の終末(ターミナル)」を迎えた方々のお風呂をお手伝いしてきました。日々、命の灯火が静かに消えゆく瞬間に立ち会う中で実感したのは、人はいつか必ず「消えてしまう(死を迎える)」という、逃れようのない現実です。
「すべて消えてしまう前に、まだ間に合うと信じて」
この歌詞は、誰かのため、正しさのために走り続け、自分の夢を後回しにしてきた私自身の心の叫びです。人生の残り時間を意識したとき、私はもう一度「自分」を生き直したいと強く思いました。
還暦という節目に、私は「蘇りの聖地」と呼ばれる伊勢・熊野を走ります。一度これまでの自分をリセットし、新しい命を授かって戻ってくるための挑戦です。この曲は、そんな私の「人生の再出発」を誓うテーマソングです。
オリジナル曲「すべて消えてしまう前に」
置き忘れたままの夢が
風に揺れてるような気がした
忙しいだけの毎日に
少しだけ立ち止まってみたんだ
曖昧なまま積み重ねた
“正しさ”ばかりじゃ息が詰まるよ
誰かの期待を追いかけて
自分を見失いそうで
すべて消えてしまう前に まだ間に合うと信じて
滲んだ未来の地図をもう一度広げよう
すべて消えてしまう前に 手放せない願いがある
たとえ壊れそうでも 本当の気持ちだけ抱きしめて
すべて消えてしまう前に 僕は僕を取り戻すよ
心の片隅に残した
言えなかった言葉が疼き出す
弱さを隠すためだった
強がりの影とも向き合える気がして
夜明け前、誰もいない街
白い息が揺れて消えていくように
過ぎていくものと残るもの
その境界が少し見えた
すべて消えてしまう前に あの日の僕に手を伸ばして
忘れていた勇気を今、拾い集めるんだ
すべて消えてしまう前に まだ間違いは終わりじゃない
何度つまずいても そのたびに心は強くなる
すべて消えてしまう前に 新しい僕を始めよう
すべて消えてしまう前に すべて消えてしまう前に
消えかけた光を胸に刻むよ
言い訳ばかりの昨日を抜け出して
すべて消えてしまう前に すべて消えてしまう前に
ここから未来をつかみにいくよ
「すべて消えてしまう前に、まだ間に合うと信じて」
この歌詞は、誰かのため、正しさのために走り続け、自分の夢を後回しにしてきた私自身の心の叫びです。人生の残り時間を意識したとき、私はもう一度「自分」を生き直したいと強く思いました。
還暦という節目に、私は「蘇りの聖地」と呼ばれる伊勢・熊野を走ります。一度これまでの自分をリセットし、新しい命を授かって戻ってくるための挑戦です。この曲は、そんな私の「人生の再出発」を誓うテーマソングです。
オリジナル曲「すべて消えてしまう前に」
置き忘れたままの夢が
風に揺れてるような気がした
忙しいだけの毎日に
少しだけ立ち止まってみたんだ
曖昧なまま積み重ねた
“正しさ”ばかりじゃ息が詰まるよ
誰かの期待を追いかけて
自分を見失いそうで
すべて消えてしまう前に まだ間に合うと信じて
滲んだ未来の地図をもう一度広げよう
すべて消えてしまう前に 手放せない願いがある
たとえ壊れそうでも 本当の気持ちだけ抱きしめて
すべて消えてしまう前に 僕は僕を取り戻すよ
心の片隅に残した
言えなかった言葉が疼き出す
弱さを隠すためだった
強がりの影とも向き合える気がして
夜明け前、誰もいない街
白い息が揺れて消えていくように
過ぎていくものと残るもの
その境界が少し見えた
すべて消えてしまう前に あの日の僕に手を伸ばして
忘れていた勇気を今、拾い集めるんだ
すべて消えてしまう前に まだ間違いは終わりじゃない
何度つまずいても そのたびに心は強くなる
すべて消えてしまう前に 新しい僕を始めよう
すべて消えてしまう前に すべて消えてしまう前に
消えかけた光を胸に刻むよ
言い訳ばかりの昨日を抜け出して
すべて消えてしまう前に すべて消えてしまう前に
ここから未来をつかみにいくよ
【知の階層:LISPマシン「ELIS」と「対象モデル」】
1988年、私は大学の人工知能研究室で、NTTの伝説的LISPマシン「ELIS」と向き合っていた。恩師・上野晴樹教授(現・総研大 名誉教授、NII 名誉教授)、そして当時博士課程だった大森康正先輩(現・上越教育大学副学長)から授けられたのは、知識ベースモデルの核心である「対象モデル」という思想。
「フィロソフィー:手法より哲学」
新しい技術が現れても、手法だけに頼り哲学を持たなければ、技術と共に廃れてしまう。複雑な世界をいかに普遍的なモデルとして解釈し、構造化するか。若き日に刻まれたこの「不変の哲学」と「知の型」が、技術の変遷に惑わされることなく、私の人生を貫く羅針盤となった。
「フィロソフィー:手法より哲学」
新しい技術が現れても、手法だけに頼り哲学を持たなければ、技術と共に廃れてしまう。複雑な世界をいかに普遍的なモデルとして解釈し、構造化するか。若き日に刻まれたこの「不変の哲学」と「知の型」が、技術の変遷に惑わされることなく、私の人生を貫く羅針盤となった。
【ネット黎明期を拓く:ジェイゲート・インターネット】
1999年、地域密着型プロバイダ「ジェイゲート・インターネット」を開業。2001年には、ネット黎明期において初となる「二頭身にっこり似顔絵」の画像販売を開始した。デジタルを介して人と人を笑顔で繋ぐ——その試みから四半世紀。2026年3月末、インターネット接続サービスの終了と共に、私は一つの時代に区切りを付ける。
【魂を削り、音を編む:樅楓舎での三年間】
もの作りへの情熱は、故・飯田裕先生が主宰する「樅楓舎(しょうふうしゃ)」工房での三年間で極致へと昇華した。毎週日曜日、無心に木と向き合い、二挺のバイオリンを製作。そのうちの一挺は、現在マニラでプロバイオリニストとして活動する愛娘の相棒となり、今も美しい音色を奏で続けている。
この動画は、マニラ・フィルハーモニック・オーケストラによる『ニュー・シネマ・パラダイス 愛のテーマ』の演奏記録である。
ソリストとして舞台に立つ娘が奏でているのは、かつて私が一削りずつ魂を込めて作り上げた、あのバイオリンだ。親から子へ、そして指先から音色へ。形あるものはいつか消えゆく運命にあるが、この楽器が紡ぐ旋律は、時を超えて誰かの心に届き続ける。それは、私が人生をかけて証明したかった「生きた証」そのものである。
この動画は、マニラ・フィルハーモニック・オーケストラによる『ニュー・シネマ・パラダイス 愛のテーマ』の演奏記録である。
ソリストとして舞台に立つ娘が奏でているのは、かつて私が一削りずつ魂を込めて作り上げた、あのバイオリンだ。親から子へ、そして指先から音色へ。形あるものはいつか消えゆく運命にあるが、この楽器が紡ぐ旋律は、時を超えて誰かの心に届き続ける。それは、私が人生をかけて証明したかった「生きた証」そのものである。
【海から頂、そして海へ:ゼロフジゼロの達成】
2012年10月26日、人生は一つの「衝動」で動いた。100kmウルトラマラソンへエントリーし、翌日にシューズを買って走り出した。その情熱は2018年の「たったかゼロフジゼロ」達成へと結実。お台場の海から富士山頂、そして田子の浦のドラゴンタワーまで、自らの足で「ゼロからゼロ」を繋ぎきった。現在はNPO法人ゼロフジゼロの理事として、この挑戦の価値を次世代へ繋いでいる。
【多層的な現在地:ネットから現場の体温へ】
インターネット関連の自営業を営む傍ら、現在は訪問入浴の介助や早朝の品出しといった、人々の日常を支える現場にも身を置いている。デジタルの抽象世界と、誰かの体温や生活の重みに触れる究極の具体世界。この圧倒的な振り幅を行き来することこそが、還暦を迎えた私のリアルな現在地だ。
【四国の四端を繋ぐ:16kgの重装備と学友の縁】
2023年11月、亡き父の供養として挑んだ四国一周ランニング。サンライズ瀬戸で降り立った高松から、16kgの装備を背負う旅が始まった。男木島灯台や沖の島の白岩岬でのキャンプ泊を重ね、四国の四端をすべて踏破。
高知では偶然「法院神社 山武士熊治」の墓を見つけ、吸い寄せられるように道なき道を突き進んだ。愛媛では学友との並走に励まされ、温かい宿と食事の「縁」を振る舞われる。
その後、天候不良による停滞が私を「善通寺」へと向かわせた。弘法大師の父・佐伯善通の名を冠したその寺で1250年祭の秘蔵を拝せたのは、父が引き合わせた必然だったのかもしれない。
銀座「三州屋」で友と交わした静かな乾杯。あの「山武士」が指し示した熊野への予兆を胸に、私は今、三百里の巡礼へと踏み出す。
高知では偶然「法院神社 山武士熊治」の墓を見つけ、吸い寄せられるように道なき道を突き進んだ。愛媛では学友との並走に励まされ、温かい宿と食事の「縁」を振る舞われる。
その後、天候不良による停滞が私を「善通寺」へと向かわせた。弘法大師の父・佐伯善通の名を冠したその寺で1250年祭の秘蔵を拝せたのは、父が引き合わせた必然だったのかもしれない。
銀座「三州屋」で友と交わした静かな乾杯。あの「山武士」が指し示した熊野への予兆を胸に、私は今、三百里の巡礼へと踏み出す。
【極限の具体:87歳の母と歩む涸沢パノラマコース】
私の歩みは、常に「大切な誰か」と共にあった。2024年、86歳の母、娘と共に三世代で涸沢カールテント泊へ。そして2025年、87歳になった母と再びテントを背負い、北アルプスの懐へ。
この年は、涸沢ヒュッテから小屋へと続く「パノラマコース」を、燃えるような紅葉を愛でながら二人で歩き通した。
10年前から続く「週7日無休」の現場仕事で鍛え上げた足腰、そして父を見送り、9年の介助現場で培ってきた「命の重み」を尊ぶ姿勢。標高2,300m、薄い空気の中で支える母の確かな体温。この峻烈な山嶺で、そして今回の巡礼の道でも、私のその覚悟が揺らぐことはない。
この年は、涸沢ヒュッテから小屋へと続く「パノラマコース」を、燃えるような紅葉を愛でながら二人で歩き通した。
10年前から続く「週7日無休」の現場仕事で鍛え上げた足腰、そして父を見送り、9年の介助現場で培ってきた「命の重み」を尊ぶ姿勢。標高2,300m、薄い空気の中で支える母の確かな体温。この峻烈な山嶺で、そして今回の巡礼の道でも、私のその覚悟が揺らぐことはない。
YouTubeパートナー / AIクリエイター
2025年より、Google公認のYouTubeパートナーとして活動中。最新の生成AI技術を駆使し、旅の情景や人生の機微を表現したオリジナル楽曲を定期的に配信しています。
今回の旅でも、道中で感じた風の音や出会った縁(エンカウント)を、AIと共に新しい音楽へと昇華させ、世界へ発信していきます。
今回の旅でも、道中で感じた風の音や出会った縁(エンカウント)を、AIと共に新しい音楽へと昇華させ、世界へ発信していきます。
【三つのゼロから始まる、三百里の縁環(エンカウント)】
聖路加国際病院での誕生、日本橋、そしてお台場。還暦という節目に、これまで積み上げてきたものを一度「ゼロ」に戻し、私は今、新たな「ゼロ地点」に立っている。
ここから始まるのは、三つのゼロから紡ぐ「三百里(1,200km)」の巡礼。
2023年11月、四国一周ランニングチャレンジの最終日に辿り着いた高松の宿。奇しくも、今回の旅の最終宿泊地は、全く同じ場所だ。
出会う人々、景色、自分自身。そのすべてとの「縁環(エンカウント)」を真っ白な器で受け止め、私は再び、あの高松の地へと足を進める。
ここから始まるのは、三つのゼロから紡ぐ「三百里(1,200km)」の巡礼。
2023年11月、四国一周ランニングチャレンジの最終日に辿り着いた高松の宿。奇しくも、今回の旅の最終宿泊地は、全く同じ場所だ。
出会う人々、景色、自分自身。そのすべてとの「縁環(エンカウント)」を真っ白な器で受け止め、私は再び、あの高松の地へと足を進める。